2019年ラグビーワールドカップ日本大会で、優勝候補の一角と目されているのが「イングランド」だ。2003年にワールドカップを北半球のチームとして、はじめて制覇したが、自国開催の2015年大会では、予選プール敗退となり、ラグビーの母国は大きな失望に包まれた。復活に向け2015年12月。日本代表を率いて南アフリカを撃破したオーストラリア出身のエディー・ジョーンズが代表ヘッドコーチに就任。イングランド初の外国人ヘッドコーチとなった。日本を急成長させたエディー・ジョーンズの手法は、これまでも注目されてきたが、今回はイングランド代表を率いる「現在」に焦点をあてながら、ビジネスでも参考にできる論点を紹介していこう。(ライター:草間 としき)
逆境のチームに“勝利する姿勢”を取り戻す
エディー・ジョーンズがヘッドコーチに就任した翌年、2016年シックス・ネイションズ(毎年開催される欧州の六カ国の対抗戦)では、イングランドは、いきなり全勝優勝を達成した。約7週間で早々に結果を出してみせた格好だ。
もともと潜在力が高いチームだが、復活へのキーポイントは“勝利することが最上というチームの姿勢”になったことだと言われている。「イングランドのために戦う」という意味を喚起し、世界一になるチームへとベクトルを整えた。“勝てない、弱い”というマインドセット(心構え、心持ち)を駆逐したのだ。
具体的には、周囲も驚く選手起用が挙げられる。
イングランド国内では“悪童”として有名なハートリーを主将に抜擢。ピッチでは問題行動が多々あるものの、その実力や臆さない言動をエディー・ジョーンズが評価して、チームの“空気”を一変させた。
また、若い選手の発掘にも積極的だ。21歳のマロ・イトジェをLOに起用し、成功例を作り上げた。大会が目前に迫る現在も、イングランド国内プロリーグで、目立った活躍をした若手をトレーニングキャンプに呼び、代表の試合でも経験を積ませている。
代表選手に対しては、一人ひとりのパーソナルな違いを認識しながらアプローチしているといわれている。選手を一律に一括りにして扱わず、個性を観察しながら個別にコミュニケーションをしていることは、今のところチームに好影響を与えている。
イングランドがオリジナルな存在であり、自分たちの「強み」は何かを、明確にしているのも印象的だ。オールブラックスを真似するのではなく、イングランド独自の戦い方を追求する。具体的にはセットプレー(スクラム、ラインアウトなど)とディフェンスを「強み」の源泉とした。こうしてチームに「迷い」を無くしたのは、やはりエディー・ジョーンズの手腕に拠るところが大きいといえるだろう。
勝つための飽くなき「変革」
その後、結果に結びつかない時期があったのも事実。
2016年、2017年とシックス・ネイションズを連覇したものの、2018年には5位に沈んだ。その結果もあり「監督更迭」の話などが巷に溢れるなど、ラグビー母国ならではのプレッシャーも強くなっていく。
結果が全てのプロフェッショナルコーチにあって、最も難局を迎えた時期とも言えるだろう。しかし、エディー・ジョーンズはチーム変革の途上、必要なプロセスであると発信し続けた。不振の間には、いくつかのプログラムが意図的に講じられていたという。
ひとつは、コーチ陣の経験値の向上を図ったことが挙げられよう。
その一環として、メンバー選考以外のゲームマネジメント、いわゆる監督の役割をアシスタントコーチに任せた。コーチの専門領域だけにとどまらない経験値の獲得で、本当に強いマネジメントチームを目指したのだ。目先の結果を追わずに、あえて権限を委譲して経験を積ませるというのは「マネジメントメンバーを、どのように育成していくのか」という課題へのヒントとして、興味深い手法だ。
選手側にも8人程度のリーダーシップグループを継続的に形成する。それに伴い、リーダーシップを向上させるための特別コーチも招聘した。
ワールドカップ連覇中のオールブラックスやエディー・ジョーンズが指揮した2015年の日本代表でも思い起こされるが、成功したといえるチームは、常に的確な「意思決定」と周囲への「支援」を遂行できるリーダー的な存在が、メンバー内に最低でも5~6名は存在している。ビジネスにおいても、小集団のチームを作って、プロジェクトを成功させるためには、リーダーシップの意味や意義を、メンバーが自発的に見出していく環境を作ることは大切だろう。
その上で、2019年日本大会で世界一になるために、エディー・ジョーンズは「インテリジェンスなラグビー」を指向している。インテリジェンスとは、日本語で“知性”と訳されるが、知識やスキルを獲得し、それらを状況の変化に適応させる力と言える。
トップクラスのラグビーは、強いプレッシャーの中で「ゲームの構造」や「天候」などの諸条件を認識しながら、次に何が起こるかという“想像力”を働かせて“意思決定”をして、具体的な対応策を創造して実行することが、勝敗の鍵を握っている。
この前提において、エディー・ジョーンズのアプローチで特筆すべきは、強度の高い状況下で適応できる人材を育成するために、選手に対して「学習する環境」を様々に用意し、常に刺激を与え続けていることだと言えるだろう。
そのプログラムを構成するアイデアも実に豊富だ。
日本代表でも実施されたドローンでの空撮は俯瞰映像で選手のパフォーマンスの改善に活用。観察力やゲームの予知能力を高めるために、周辺視の能力を向上させるビジョントレーニングの専門家も招聘している。
また、競技や世代の壁も存在しない。現マンチェスター・シティを率いるグアルディオラと交流して得た、フィジカル面での考え方をトレーニングに取り入れたり、個々の選手のスキルの改善には、国内外のレジェンド(名選手)の力も借りたりと、意欲的である。このようにプロフェッショナルなスタッフを、外部から積極的に登用することで、真にインテリジェンスなチームへと昇華させようとする意図が、見受けられるのだ。
ワールドカップに向けての視点
私達が忘れてならないのは、ここで紹介したアプローチは決して未消化のものではないということだ。ヘッドコーチが「咀嚼」した上で実証し、次にメンバーが自分たちで咀嚼し「実証」するプロセスが必要なため“時間”が課題になり、出来ることと出来ないことのトレードオフが発生する。
ワールドカップで「世界一になるというプロジェクト」を成功に導くためには「準備」が全てとも言えるのではないか。決勝の日時が決まっているために、全てを逆算して想定外の事象も前向きに変える「プランニング力」も重視されるだろう。ビジネスでも有能なマネジメントは、この観点を決して外していないと考えられる。
2018年の秋から2019年のシックス・ネイションズにかけて、イングランドは再びサポーターの期待感を高める戦績を収めつつある。
日本という開催地を熟知したエディー・ジョーンズは、はたしてチームを頂点にまで導くことができるだろうか。
彼のマインド・ゲームとも思える言動を含めて、プロジェクトを成功させるリーダーの在り方として、非常に興味深いものがある。
参考URL:
・EDDIE JONES ON INTELLIGENT COACHING (2017.07.09)
・Eddie Jones in depth interview (2018.10.03)
参考書籍:
『ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング』(講談社+α文庫) エディー・ジョーンズ 著
『エディー・ウォーズ』(Sports graphic Number books) 生島 淳 著
草間 としき(くさま としき)
東京生まれ、ライター。公立高校のラグビー部に所属し、CTBとしてプレー経験あり。
大学卒業後、留学したニュージーランドでラグビーの奥深さに触れ、地元クラブに参加する。以来、国内外のラグビー動向を定点観測中。