「引っ越しの見積もりが出できたけど目ん玉飛び出るくらい高い」「普通の一人暮らしより荷物少ない自信しかないのに、引っ越し料金くっっそ高いんだけど。頭おかしなるで(笑笑)」。今年も2月下旬あたりから、SNS上でこんな投稿が騒がしくなってきた。2018年春に社会問題となった“引っ越し難民”問題が、今年はさらにひどい状況となりそうだ。(戦略物流コンサルタント 角井亮一)
なぜ“引っ越し難民”問題は起こったのか?
“引っ越し難民”を簡単に定義すると、3月下旬から4月初旬にかけての引っ越しシーズンで、「希望日に引っ越しができない」「料金の問題で引っ越しができない」という人たちのことだ。
前者は、引っ越しをする側の希望日が特定の日に集中し、引っ越し業者側の供給量が追い付かないことによって生じる、需給バランスのひずみが大きくなりすぎた結果だ。後者については、そもそも引っ越しの繁忙期には、通常期より多くのドライバーやスタッフ、トラックを確保する必要があるため、スタッフの特別手当てや追加のトラックの手配などで結果として料金が高くなるのだが、その金額が18年春には信じられないほどの高額になったのだ。
「引っ越し希望日」にしても「繁忙期料金」にしても、これまで何年も同じ傾向にあったはず。なぜ、18年春に突然降ってわいたように“引っ越し難民”という現象が生まれたのか。
一つは引っ越し大手に対し、労働基準監督署からの厳しい目が入ったことだ。業界として常態化していた長時間労働ができなくなり、シーズンピークの引っ越しを各社が積極的に取りにいけなくなった。
それに輪をかけたのが、16年末から17年春にかけて、ヤマト運輸の労働問題が引き金となり、宅配便の値上げにつながった「ヤマトショック」だ。この問題はEC(ネット通販)の急拡大により、宅配便の供給能力が追い付かなくなったことに起因するものだったため、このときに宅配事業者は配送ドライバーの確保に躍起になった。
求人には「1カ月で100万円稼げます」「業務委託で●●万円保証」という甘い触れ込みがあふれ、より高い収入を求めるドライバーたちは一斉に宅配業界に流れ込んだ。ほどなく、その触れ込みは幻想でしかないことが明らかになるのだが、いったん、宅配便のような運びやすい荷物(軽貨物)を手がけてしまうと、大型家具をはじめとした嵩(かさ)も重さもあるような荷物の運び出しが求められる引っ越し業界のドライバーに戻るのは難しい。その結果として、18年春には、中小を中心とした多くの引っ越し事業者でドライバーの確保がままならなくなったのだ。
こうしたことが重なり、18年春の“引っ越し難民”問題が噴出したのだった。
今年はもっとひどい“引っ越し難民”、「230万円」の見積もりも
では、19年春はどうなるのだろうか。引っ越し業界に詳しい事情通は「(今年の引っ越し難民は)もっとひどくなる」と断言している。
ここ数年、引っ越しピーク時の受注を抑制していた大手は、前年よりも供給量アップを図っている。しかし、以前のようにドライバーを含む現場スタッフに長時間労働を強いることはできず、中小事業者を含めてもドライバー不足に悩む状況に変わりはない。つまり、「キャパシティ不足」は、19年も十分にカバーしきれないのだ。
アップル引越センターを屋号に、首都圏地盤に展開するアップルの文字放想社長は「昨年“引っ越し難民”が話題になったおかげで、今年は引っ越しシーズンの予約が早くなった。1月下旬から日中の電話が鳴り止まず、3月予約分は2月15日時点で、前年の約2倍となっている」とし、昨年以上の繁忙ぶりを感じ取っている。
見積額については、さらにひどい状況が予想される。
18年の場合、4トン車1台(夫婦+小さい子ども2人のイメージ)が通常期で「10万円程度」であるのに対し、引っ越しシーズンには「80~100万円」の見積もりを出す大手が横行し、しかもその見積りが通っていた。それを知った中小は、「そこまでの金額が通るのなら」と、19年には同じレベルに引き上げているようだ。すでに、引っ越し希望が最も集中する3月31日の見積もりでは、なんと「230万円」が出たという顧客からの嘆きの声が上がっている。
“引っ越し難民”解決はテクノロジーの活用がカギ
引っ越し業界には、これという業界団体がない。そのため業界をあげて“引っ越し難民”問題の解決を図ろうという動きも生まれにくい。ともすると、それに乗じて引っ越し費用を「吹っかけてやろう」という事業者さえある。
現状の引っ越し業界は、バックオフィスを含め営業手法などもアナログが主流だ。こうした業界にあって、アップルはIT化を促進することで事業の効率化を図り、スタッフ不足を補う工夫を施している。
同社では膨大なビッグデータを活用し、約2年前から単身者の引っ越しについて、訪問見積もりがなくとも確定金額を算出できるスマホの予約サービスをスタートさせた。これだけで営業10数人分の働きになっているという。この2月からは、家族向けのWEB完結型予約システムも稼働を始めた。
転勤、就職、新入学など、年度末に集中する人の移動時期を、大きな力で分散させるのが“引っ越し難民”問題解決の早道ではあるが、残念ながら、それは望むべくもない。業界シェア50%以上といわれる大手が、テクノロジーをいかに活用できるかが、問題解決のカギとなりそうだ。
◇角井 亮一(かくい・りょういち)
イー・ロジット代表取締役社長兼チーフコンサルタント
1968年、大阪府生まれ。上智大学経済学部経済学科では3年で単位取得を終了し、渡米。ゴールデンゲート大学からマーケティング専攻でMBEを取得。帰国後、船井総合研究所に入社。小売業へのコンサルティングを行い、1996年にネット通販参入セミナーを開催。光輝物流に移り、物流コンサルティングや物流アウトソーシングを実施。2000年、イー・ロジット設立、代表取締役に就任。310社以上から通販物流を受託する国内NO.1の通販専門物流代行会社に成長させた。著書に「物流革命」(日本経済新聞社)、「すごい物流戦略」(PHP新書)など。