11年前に消えたはずの「キャリア官僚」が政権への「忖度」を生む皮肉

厚生労働省による毎月勤労統計調査の不正に端を発した問題は、雇用統計に限らず様々な統計調査にまで影響が及んでいる。 国会招致された官僚の「忖度」が相変わらず目立つが、その源泉となっているのは、11年前に廃止されたはずの「キャリア官僚」制度だ。(経済ジャーナリスト 岩崎博充)

消えたはずの「キャリア制度」

かつて、日本の国家公務員の人事制度は、「キャリア制度」と呼ばれる世界的にも極めて特殊なシステムで構築されていた。

まず、各省庁の採用試験で「キャリア」と呼ばれる幹部候補生が、毎年数人~数十人程度選ばれる。そこから少しづつ淘汰されていき、最終的にはその中の誰か一人が、官僚機構のトップである「事務次官」に抜擢される。それ以外の同期「キャリア」たちは退官後、省庁の関連機関や関係の深い民間企業に天下りして、莫大な報酬を受け取る。事務次官にまで上り詰めることができるのは一人だけだが、「キャリア」に対する「特別扱い」は、1年目から退官後まで続いた。

ところが、2000年代に入り、天下りの弊害が指摘されるようになると風向きが変わった。官製談合や年金記録の消失といった、重大な公務員の不祥事も続出。「キャリア制度」こそがその温床になっているとたびたび批判された。その流れを受け、08年6月に成立した「国家公務員制度改革基本法(以下、改革基本法)」では、「キャリア」と「ノンキャリア」の人事上の区別を廃止した。

12年度にはこれまでキャリア採用の試験とされてきた「Ⅰ種試験」「Ⅱ種試験」といった区分を改め、「総合職試験(大学院卒、大卒程度)」、「一般職試験(大卒、高卒程度)」、「専門職試験」という新しい区分に改正。キャリアシステムは根絶されたはず、だった。

「改革基本法」で官僚の人事権を握った政権

改革基本法成立以降は、人事院や内閣府、公正取引委員会など一部を除いて、各省庁で数十人単位が「総合職」として採用されるようになった。そういう意味では、かつてのような少数精鋭的な「キャリア制度」は姿を消したといってもいいのかもしれない。

しかし、そこには裏がある。上述の改革基本法には、実は「キャリアシステムの廃止」といった文言が明文化されていないのだ。それどころか、衆議院がまとめた条文には、次のような項目も付け加えられている。

  • 政治主導の強化
  • 幹部職員人事管理の内閣一元化
  • 内閣人事局の設置

改革基本法でもっとも肝心な「キャリアシステムの廃止」は、参議院で「付帯決議」として採決されたものの、条文には入っていない。言い換えれば、政治家が官僚にとっての「特別扱い」となるキャリアシステムを残してあげる代わりに、「人事権」を掌握した格好になっているのだ。

この中で特に注目したいのは、「政治主導の強化」と「幹部職員人事管理の内閣一元化」だ。安倍政権が官僚の人事権を掌握し、様々な「忖度」をさせていることは今や周知の事実だが、その根底にあったのが08年に成立した「改革基本法」の成立だったというわけだ。

今でも生きている「官僚システム」の仕組み

筆者がとりわけ問題視しているのは、官僚機構の人事案のタタキ台を作成するのが官房長官に委ねられていることだ。つまり、官房長官に絶大な権力が集中するか、あるいは官房長官が各省庁の言いなりになってしまうことを危惧しているのだ。現行の菅官房長官体制では、人事権を掌握された官僚が安倍政権に「忖度」している姿が目に付くが、官房長官の力量によっては、まったく逆の力関係になる場合もあり得る。

改革基本法が08年に成立し、12年に新しい採用制度がスタートしたわけだが、それ以前に採用された「キャリア官僚」と呼ばれる人たちは、当然ながら現在も日本の官僚機構の中枢に存在している。表向きの制度上では「キャリア制度」は廃止されたものの、現在も行政に根強く残っていることは紛れもない事実なのだ。

採用も「総合職」と「一般職」、「専門職」に区分されたものの、霞が関では「総合職=キャリア」という認識に変化はない。省庁によっては、総合職試験を突破した優秀な人材に「特別な」幹部候補育成課程を設けており、かつての「キャリア時代」に準じた出世街道を走ることが多い。

日本の官僚システムの中枢では、消えたはずの過去のシステムが依然として生きているのだ。

熾烈な出世競争が政権への「忖度」を生む皮肉

さらに言えば、現在の「キャリア制度」には、一部のエリートが甘い汁を吸っていただけのかつてのシステムよりも恐ろしい欠陥がある。それは、「総合職」の設置により「キャリア」への間口を広げたことで、事務次官への出世競争がより熾烈なものになったことだ。

例えば厚生労働省の場合、総合職として毎年50~60人程度が採用されているが、一義的にはその全員に「事務次官」のチャンスがあることになる。そして、「内閣府=官房長官」が官僚の人事権を掌握したために、出世するには「内閣府=政権」の言うことを聞かなければならなくなった。それが、この数年で続出している、官僚による安倍政権への「忖度」や文書改造、隠蔽工作に繋がっているのだ。

一部のエリート公務員だけに用意されたかつての「キャリア」の道を廃止し、より開かれた組織へと生まれ変わったはずの官僚機構。だが11年後、国民が目の当たりにしているのは、政権に全てを牛耳られた情けないエリートたちの姿なのである。

◇岩崎 博充(いわさき・ひろみつ)
経済ジャーナリスト
雑誌編集者等を経て1982年に独立し、経済、金融などのジャンルに特化したフリーのライター集団「ライトルーム」を設立。雑誌、新聞、単行本などで執筆活動を行うほか、テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活動している。
『老後破綻 改訂版』(廣済堂出版)、『グローバル資産防衛のための「香港銀行口座」活用ガイド』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『日本人が知らなかったリスクマネー入門』(翔泳社)、『「老後」プアから身をかわす 50歳でも間に合う女の老後サバイバルマネープラン! 』(主婦の友インフォス情報社)、『はじめての海外口座』(学研パブリッシング)、など著書多数。近著に『トランプ政権でこうなる!日本経済』(あさ出版)がある。

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