マネをマネしてみよう!フジタは真面目に考えた。

最初の場所では・・・その6

長く愛されている作家、作品の資産的な意味

さて、ではフジタはどうなのか?
2016年サザビーズ香港のオークションで「裸婦と猫」(1930年)が、手数料込みで3,940万香港ドル(およそ5億7,000万円)。瀬木慎一さんの『名画の値段』によると1990年にクリスティーズ・ニューヨークで「公園の少女」という作品が550万ドル(当時の日本円で8億4,730万円)で落札されている。
とはいえ、生前は絵が売れず「貧窮と病苦」のうちに亡くなった盟友モディリアーニの30分の1以下というのが、現在のフジタの評価である。

しかし、これが日本人画家(フランスに帰化したフジタを日本人としてだが・・・)の現在までの最高値なのだ。2015年のサザビーズ香港で草間弥生の作品が、手数料込みで8億4,500万円で落札というから、ほぼ同額ということになる。
草間作品は今後もこの記録を更新するかもしれないが、生きている芸術家の評価は、将来どうなるかわからない。

「赤いヌード」約190億円

当たり前のことだが、絵の価値は「価格」だけで決まるものではない。
ピカソと並んで20世紀最大の画家といわれるアンリ・マチスの最高値は、2009年のクリスティーズ・パリで落札された「カッコウ、青とピンクの絨毯」(1911)の3,200万ユーロ(43億円)である。モディリアーニは人気もあり、私も大好きな画家だが、マチスより「価値がある」と言い切れる人は、どのくらいいるだろうか。

ただ、これだけは言える。
価格の妥当性はともかく、これらの画家には国際的な市場性があるということだ。
モディリアーニが死んだのは1920年だから、間もなく100年。
マチスの没年は1954年で64年たっており、フジタも今年が没後50年だった。
歴史の荒波を乗り越え、忘れ去られることなく「新たな理解者」を生んできた彼らの評価が(たとえばキリコやビュフェの場合のように)大きく下がることはないだろう。

では、フジタはどのようにして欧州での評価を勝ち取ることになったのか。
モディリアーニやゴッホのように、生前、全く評価を得ることなく死んでいった画家がいる一方で、ピカソのように画商と組み、いかに自分を世間に売り込むかを巧妙に計算し、それを実行に移して成功させた画家もいる。マチスだって実はそっちの方だ。
そして、モディリアーニより2歳年下のフジタもそのことを考え抜いた画家だった。

では、フジタの戦略とは何か?わかりやすくするために、箇条書きにしてみよう。

①マネが切り開いた「物語のない絵」という方向性を突き詰める。
②描く人物は、パーソナリティではなく、キャラクターにする。
③西洋絵画(タブロー)のように対峙するものではなく、のぞき込む絵にする。

フジタが画家としてオリジナリティーを発揮し始めるのは、第一次大戦の後だ。
史上まれにみる凄惨な戦争によって、欧州では素晴らしき「市民社会」の幻想が完全に打ち砕かれた。
「近代」が「現代」になったのだ。
そうした時代認識を踏まえて、フジタはこの戦略を打ちたてたのではないか。

→フジタはマネの「中世から近代」という作戦を「近代から現代」へ応用した
固定ページ:
1

2

3

月間人気記事ランキング

  1. 登録されている記事はございません。

連載・特集

松下幸之助

PR

  1. EnCube(インキューブ)の効果は嘘?日本人が英語を話せない本当の理由
  2. 「転職させない」転職エージェントが考える真のキャリアアップとは?
  3. もしドラ 村瀬弘介 もし現代の経営相談をドラッカーが受けたら

《絶賛販売中!》Soysauce Magazine 創刊号

ソイソースマガジンオンライン
PAGE TOP