さみしくなるか「お正月」。「CM皇太后」だった樹木希林と富士フイルム。

テレビには「世間の事情」が詰まっている! 遅塚勝一のお茶の間マーケティング講座 第5回

「もうね、風前の灯火。ただ、息をしてるだけって感じです」。

全身ガンに侵された2011年4月には、リクルートの結婚情報誌「ゼクシィ」のCMに「永遠の共演者」内田裕也さんと夫婦そろって出演。ともに黒い和服姿の2人が少し離れて座り、福山雅治さんの歌うCMソング「家族になろうよ」の優しいメロディにのせて樹木希林さんが「結婚の良いところって何でしょうね?」と語りかける。そして、内田裕也さんが「ロッケンロール!」と叫ぶ姿に、「こればっかり」と樹木希林さんが答えるシーンはユーモラスながら泣ける雰囲気で、当時多くの反響を呼んだ。CMタレントとしても枯淡の境地、ヨーダの理力のよう。

樹木希林さんといえばマネージャーがおらず、すべてご自身で仕事の調整をされていたのは有名な話。都市伝説ではなく本当にそうで、連絡手段は電話とFAX、手紙のみだった。

まずは手紙を送り、コンテを見て値段交渉までご自分でされる。優秀なクリエイティブディレクターとしての側面も持っていた。それを晩年まで続けた。「妖怪の役がやりたいの」と言っていたが、老いさらばえていくことも女優の仕事のように思えた。年代ごとに「パートナー」である共演者が、後輩、妹か娘、孫というように、ひとつの系譜になっているのも面白い。現代のCM女王にも系譜は受け継がれている。

浅田美代子さん
「若い頃は金魚のフンみたいにくっついて…。母であり、姉であり、親友でもありました」
岸本加世子さん
「15歳でデビューして、希林さんにずっとついて学ばせてもらいました。ど素人だったので、毎日怒られて、毎日可愛がられて。40何年間も気にかけてくれていました、ありがとうございます」
田中麗奈さん
「どんな状態も楽しむ人、そして何か面白いことはないかと探す方でした。何も分からなかった私を、厳しくも、やさしく温かく包み込んでくださいました」
広瀬すずさん
「一緒にお芝居させてもらうのが、一番怖かった方でもあります・・・。カメラの前で嘘のない言葉でも、お芝居だからどこか自分の嘘の部分を見抜かれてしまいそうでした」

樹木希林さん。

広告という存在、言い換えれば社会のフェイクを、そうと見抜いた上で「それなりに」しなやかに遊び、仕事と生き方に責任を持つ。そんな樹木希林流のスタンスが、没後自然と共感を呼んでいる。

普遍の「CM女王」、おっと違った「CM皇太后」、お隠れ後の2019年からの富士フイルムのCMは、どうなるんだろうか?

ご冥福をお祈り申し上げます。

◇遅塚 勝一(おそづか かついち)
茨城県土浦市出身、1963年生まれ。大学卒業後、宣伝会議を経て、テレコム・ジャパンに入社。博報堂への出向の後、独立。CMディレクター、コピーライター、演出家として活躍中。 年間数多くのCM制作を手がける傍ら、ドラマ、映画、ラジオの企画や脚本にも携わっている。インタビュー・構成を担当した「時代とフザケた男」(小松政夫・著)が扶桑社より絶賛発売中。

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