④「英国のEU市民」と「EUの英国民」の取り扱い
もう一つ懸念されているのが、英国でEUの市民が結んだ保険契約や、EUで保険契約を結んだ英国民の取り扱いだ。イングランド銀行の調査によると、英国とEUとの間には4800万人の保険者に対し、820億ポンド、日本円にして約12兆円の保険債務が影響を受けるそうだ。英国で結ばれた保険契約を、銀行や保険会社がEUの拠点に移すプロセスはかなり膨大だ。イングランド銀行は「政府主導でリーダーシップをとっていくべきだ」と指摘している。
⑤EU諸国の景気後退
ドイツのシンクタンクによると、ハードブレグジットが起きた場合、ドイツ企業には総額約30億ユーロ(約3780億円)以上の追加関税がかかってくると試算している。ドイツの英国に対する輸出は、最大で57%減少する可能性があるという試算もある。
ハードブレグジットが起きた場合、やはり最も大きな懸念材料は関税が上がることだ。米国と中国の貿易戦争はいわば意図的に引き起こされた関税引き上げ競争だが、ハードブレグジットは対英国の関税が自動的に上がることになる。EUの他の国々も、当然ながら影響を受ける。英国だけでなく、EU全体が大きな犠牲を払うことになるわけだ。
ブレグジット交渉はどうなるのか
メイ首相は今後、欧州中の首脳と会合して、事態の打開を図ろうとしている。しかし、EUにとっても「第2の英国」が現れないよう、厳しい姿勢を示す必要がある。これ以上の交渉余地はないと考えるのが自然だ。
英国内ではいまだにEU離脱反対派も根強いが、国民投票で1回、その後の総選挙でも1回、「国民の意思はブレグジットで決まり」と判断されている。改めて国民投票や総選挙を行う可能性はないと考えるべきだ。とはいえ、ブレグジットを実質的に骨抜きにしようとする「バックストップ条項」付きの離脱案には同意できない、というのも現実だ。
そうなるとハードブレグジットが実施される可能性は極めて高い。日本企業は英国の行方を見守りつつ、金融システムのパニックにも動じない準備を怠りなく済ませるしかない。
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◇岩崎 博充(いわさき・ひろみつ)
経済ジャーナリスト
雑誌編集者等を経て1982年に独立し、経済、金融などのジャンルに特化したフリーのライター集団「ライトルーム」を設立。雑誌、新聞、単行本などで執筆活動を行うほか、テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活動している。
『老後破綻 改訂版』(廣済堂出版)、『グローバル資産防衛のための「香港銀行口座」活用ガイド』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『日本人が知らなかったリスクマネー入門』(翔泳社)、『「老後」プアから身をかわす 50歳でも間に合う女の老後サバイバルマネープラン! 』(主婦の友インフォス情報社)、『はじめての海外口座』(学研パブリッシング)、など著書多数。近著に『トランプ政権でこうなる!日本経済』(あさ出版)がある。