西洋美術の近代は「マネの革命」から始まった!

最初の場所では・・・その5
『オランピア』 マネ作

ゾラの自然主義からすれば「あまりに現実離れしている」ということだろう。
2年後(全く不思議なのだが)サロンに入選したマネの「オランピア」は、「ヴィーナスの誕生」とまさに対照的である。この絵にはモデルがいる。ヴィクトリーヌ・ムーラン。彼女は「草上の昼食」でもモデルをつとめた。
セザンヌの幼馴染で、マネの友人でもあったゾラは、この絵の持つリアリティに満足したろうが、大衆の評判は良くなかった。いや、この言い方は穏当すぎる!一大バッシングを巻き起こしたのだ。

代表的な悪罵の一つは「インド産のゴムでできたメスのゴリラ!」。
ステッキでこの絵に殴りかかる者もいたという。サロンの主催者は騒動を避けるため、会場の一番奥の部屋の、これまで「どんなつまらない愚作でも並べられたことのないような」扉の上の暗い壁にこの絵を移したが、それでも人々は群れをなし、敵意のこもったまなざしを向けたという(高階秀爾著「名画を見る眼」参照)。

「絶望(自画像)」 ギュスターヴ・クールベ作

会場を出たとたんに目にするような、どこにでもいる少女が、裸で晒し者にされている!大げさに言えば、社会の秩序を脅かすような不安を群衆は感じたのだ。
「ルーブルを焼いてしまえ!」と言った伝統に反抗的なクールベでさえ、マネに向かって「これじゃあまるで、スペードの女王じゃないか!」と言ったという。
つまり、陰影のない平坦な色面を「デリカシーのない輪郭」で囲んだだけの人物描写であり、明暗法も肉付け法も、技法がどこにもないじゃないか、という意味である。

大衆の反応はともかくとして、クールベのこの批判こそ、マネにとっては「思うつぼ」だったに違いない。マネはこのとき、こう言い返したともいわれている。
「あなたの理想ときたら、ビリヤードの球をちゃんと描くことなんでしょ」
画布という平面上に、球体をそれらしい立体物として描きだすこと。まさしくそれこそ、西洋絵画の目標だった。マネは、それを放棄したのだ。そして心中、こううそぶいたに違いない。「でも、この少女の肉体の生々しさは、そんな方法では表せないんですよ」と。明確な輪郭線と、陰影のない平坦な色面。
その「単純さ」を持ってマネは、現実の少女の肉体が持つ生な感触を、画面上に再現してしまったのだ。

→19世紀を代表すると言われる『オランピア』という裸婦画の意味
固定ページ:
1

2

3

月間人気記事ランキング

  1. 登録されている記事はございません。

連載・特集

松下幸之助

PR

  1. EnCube(インキューブ)の効果は嘘?日本人が英語を話せない本当の理由
  2. 「転職させない」転職エージェントが考える真のキャリアアップとは?
  3. もしドラ 村瀬弘介 もし現代の経営相談をドラッカーが受けたら

《絶賛販売中!》Soysauce Magazine 創刊号

ソイソースマガジンオンライン
PAGE TOP