西洋美術の近代は「マネの革命」から始まった!

最初の場所では・・・その5

いったいフジタの話はいつ始まるのか!
という連載読者からの声援はさておき、今回は西洋美術史における「マネの革命」についてのお話!
西洋絵画の近代化、つまり「脱・物語」とは何だったのかを『オランピア』の登場を題材に解説していきます。
NHK「日曜美術館」の製作を長年勤めた、山下茂氏の思索の旅は、いまだ19世紀のフランスで途中下車中です。
連載第四回はコチラ

日本ではモネの方が有名ですが、マネの功績を理解しよう

さて、マネである。
「はやくフジタの話を聴かせろ!」という読者が意外に多いので恐縮だが、「マネの革命」の意味を充分に押さえておかないとフジタを理解できない、というのが私の考えだ。

「マネの革命」?そう、マネがいなければ印象派もセザンヌも、ロートレックもゴーギャンも、あんな絵を描きはしなかったろう。西洋美術史の大家である高階秀爾さん(関連する著作の量は尋常ではない!)も言うように「ギュスターヴ・クールベは市民社会に対する反逆者であり、革命的思想家ではあったが、革命的な画家ではなかった。しかしマネの作品は、はっきりと伝統との断絶を示している」のである。

マネは西洋絵画の中に、日本の浮世絵的「表現」を導入する一方、明暗法・肉付け法そして遠近法によって人物を表すことを「拒絶」した。(もちろん、「マネの革命」におけるスペイン絵画、なかんずくヴェラスケスの影響について考えないわけにはいかないが、それは機会を改めて書く)
そうした、マネが切り開き、印象派とそれに続く画家たちが押し広げた近代西洋絵画の地平に、20世紀に入ってフジタが、さらに繊細な浮世絵的「手法」を持ち込み、際立った光彩を放つことになる。
その「経緯」をすっ飛ばして、我々日本人がフジタをただ見てしまうと、単に日本的な洋画(梅原龍三郎や児島善三郎などのような)の一つとみなしてしまう「危険性」がある。
フジタの面白さは、西洋の側からみてこそ、味わうことができる。

「草上の食卓」 マネ作

ここでは、いくつかのエピソードで、マネについて語ろう。
美術に多少とも関心のある人間は、十代でマネの名前を知るだろう。ほぼ同時にモネの名前も・・・だ。「紛らわしいなあ」とだれもが思うが、これは日本に限ったことではない。本国フランスでは、さらに紛らわしいのだ。マネはManet、モネはMonetだから、aかoかの違いだけである。当人たちもそう指摘されたらしい。後輩のモネは、以後Claudeというファーストネームもサインに書き加えることにした・・・。

「ヴィーナスの誕生」 アレクサンドル・カバネル作

いま取り上げている「オランピア」の2年前、マネの初期のもう一つの代表作「草上の昼食」がサロンで落選した。その時に入選した作品の中に、アレクサンドル・カバネルの「ヴィーナスの誕生」があった。いかにも西洋絵画の伝統的な美意識・世界観で描かれた美しい裸婦像である。
海の上に横たわる美女の、一糸まとわぬ裸身!ヴィーナス(ギリシャではアフロディーテ)は海の泡(ギリシャ語で「アフロ」は泡)から生まれたと言われるが、その誕生直後の、はじらいを知らぬ無垢な裸身が、見る者をうっとりさせてくれる。
柔らかな曲線だけで構成された肉体。それは、影と色彩のグラデーション、つまり明暗法と肉付け法という「伝統技法」を、実に模範的に駆使して描かれている。
この絵は当時、大評判となり、ナポレオン3世に買い上げられた。
ところが、小説家のエミール・ゾラは「バラ色と白の、2色のアーモンドで作った練り菓子のようだ」と酷評した。

→マネの狙い、社会のアレルギー反応への反論とは?
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