ヴィーナスあるいは裸婦画における「欺瞞」と「物語」

最初の場所では・・・その4

「ヴィーナス」から「オランピア」へ。マネの欺瞞への挑戦

ティツィアーノは、このヴィーナスのポーズを借りて、それを貴族の寝室に置いた。
違うのは、ジョルジョーネが右手を手枕に無防備にヴィーナスを眠らせたのに、ティツィアーノは目を開けさせ、こちら側を誘うように見つめさせていることだ。バラを持った右手も、なにやら意味ありげな仕草だ。

そう、これはヴィーナスではない。当時の誰もがジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」を連想することを利用して、ヴィーナスだと詐称しているのだ。つまり「愛と美の女神」は口実にすぎず「美」を盾に、エロス(性愛)を謳った絵なのだ。

画面を左右に分かつカーテンの端の縦の線をそのまま下におろすと、女の陰部に到達することからも、それは明らかだ。
ティツィアーノは、健康な女性の肉体の持つ「瑞々しさ」を、思う存分に描きたかったのだろう。それを16世紀のヴェネチアで、世間から咎められないために、兄弟子の作品を下敷きにしたのだ。
そうすることで、観る側も「ヴィーナス」を鑑賞するという「建前」のもと、女性の体を隅々まで楽しみ、そこから発されるエロスを、心行くまで「堪能」することができた。

この絵が語る「物語」は、おそらくこうだ。
朝、男が先にベッドから起き上がると、女の方も目を覚ました。召使たちは、奥の部屋で女が着る衣装を用意している。しかし女は、前夜の性の営みの記憶の中に、まだまどろんでいて、その表情は、男をなおも誘惑しているかのようだ。
男の方でも、わがものとした美しい肉体をじっくり見返しながら、時ならぬ「淫蕩な幸福感」に浸っている・・・。

描かれる人物の周囲に「いつ」「どこで」という情報を与えることによって、物語を織りなし、それを味わい楽しむことが、絵を鑑賞することにほかならないーーーというのが西洋の伝統であり、「遠近法」は、その物語のための必須の条件のひとつだった。

16世紀以来、貴族やブルジョアたちは、「ヴィーナスの美しさ」を鑑賞するという口実の下「西洋の伝統」にのっとり、この裸婦像の「淫靡な物語」をひそかに堪能してきた。
それを偽善だと告発し「物語」を解体することで、西洋絵画の伝統的な「楽しみ方」を木っ端微塵に「破壊」しよう。そう考えたのがマネという男であり、彼が投げつけた爆弾こそ、「オランピア」だったのである。

そして、藤田嗣治の「裸婦」へと「画家の企み」は引き継がれていくのだが、それは、次回に紹介していきたい。
連載第五回はコチラ

◇山下 茂(やました しげる)
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
1961年広島県生まれ。東京大学文学部国文科卒。1984年NHK入局。情報番組・経済番組などのディレクターを経て、美術番組のプロデューサーに。現在、NHKエンタープライズで、美術・歴史番組の制作に当たっている。

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