ヴィーナスあるいは裸婦画における「欺瞞」と「物語」

最初の場所では・・・その4

裸婦のポーズとあえて「身に着けているモノ」

ここで裸体画であるのに「身に着けている」ものにも注目が必要だ。
ティツィアーノのヴィーナスも、マネのオランピアも右手に腕輪をつけているが、ティツィアーノの方は「ヴィーナスの花」(=バラ)を持っている。オランピアは腕輪に加えて、首にリボンをつけ、髪に大きな花を挿している。どちらも娼婦のアクセサリーといったところ。さらに左足のサンダルは脱げ、右足の方にだけ履いている。一言でいえば「しどけない」「だらしない」格好だ。
さらに、もう少し細かく見ていくと、ティツィアーノのヴィーナスの左手は陰部を「そっと」隠している。羞恥心からそこを抑えているといった風情。これに対してマネでは、オランピアの左手首から先、人差し指・中指・薬指の第二関節に力がこめられている。これはハッキリと意図的だ。
「これが目的なんでしょ」といった、相手への嫌悪感、あるいは挑発の意志!

さて、先ほどから、マネのオランピアを娼婦と決めつけているが、では「ウルビーノのヴィーナス」は、本当にヴィーナスなのか?こんなヴィーナスがいたのだろうか?

ジョルジョーネはヴィーナス(愛と美の神)を自然の中に・・・

この①の「ウルビーノのヴィーナス」にも、実は「本歌」がある。
連載の第一回で紹介した、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510年)だ。ジョルジョーネはティツィアーノの兄弟子(師匠はジョヴァンニ・ベッリーニ)で、深い親交があり、画風もよく似ている。ジョルジョーネがこの絵を仕上げる前に30代前半で死んだあと、ティツィアーノが背景の風景に加筆してこれを完成させたといわれる。

陰部をそっと左手で抑えているところなど「ウルビーノのヴィーナス」と非常に似ているが、こちらは広大な田園風景の中に横たわる、正真正銘のヴィーナスだ。ご存知のようにヴィーナスはローマ神話における「愛と美の女神」。ギリシャ神話では「アフロディーテ」にあたる。

もちろん人間は、普段、こうした女神を見ることができない。それを可視化することが画家の使命だった。「眠れるヴィーナス」の背後に描きこまれた、丘の稜線とヴィーナスの柔らかな肢体の曲線が「和音を奏でていること」に気が付くだろう。
田園の湿潤な空気の中から、画家がヴィーナスを夢想し「現前」させたとしても不思議ではない。

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