「働き改革」が叫ばれて久しいですが、私が松下幸之助さんに仕えていた時代にも、すでに、「過度な残業」や「休日出勤」をなくそうという動きはありました。しかし、側近だった私の場合は、とりわけ例外と言えるでしょうか。
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「キミの声が聞きたかったんや」
毎日といっても言い過ぎではないほどに、松下さんから電話が架かってきました。早いときは午前4時頃。もちろん、夜にも平気で架かってきます。そして、「今から、来てくれんか」と呼び出されることもしばしば(笑)。ですから、残業時間というなら、ゆうに100時間は超えていたのではないかと思います。
それでも、辞めたいとか、まして辛いから自殺しようなんて、ただの一度も考えたことはありませんでした。むしろ、毎日が楽しく、充実していた。どうしてかと言うと、松下さんが常に、私を「感動」させてくれたからです。
例えば午後7時頃に呼び出され、2人で夕食をとります。報告や雑談をしているうちに、大抵は10時を回り、ときには0時を過ぎることもありました。それから帰宅すれば当然、バタンキューの状態で寝込んでしまいます。ところが、午前1時半頃、再び電話のベルが鳴るのです。こういう非常識な時間帯に電話を架けてくるのは一人しかいないので、受話器を取る前から電話の向こうに誰がいるか分かります(笑)。「さっきまで話をしていたのに」と思いつつ、すぐに受話器を取る。そのときです。松下さんに「感動」するのは。
「江口君か。キミ、夜遅くに電話してすまんな。いや、別に用事もないんやけどな、ワシは、キミの声を聞きたかったんや。キミの声を聞いたら、元気が出るからな」
この一言で、眠気も疲れも吹っ飛ぶ。もう、「感動」です。そこからは仕事の指示を受けても、暫く雑談に付き合うことになっても、その一言で「おっしゃることは、なんでもやります」という気分になったものです。こういう一言が、社員をその気にさせ、やる気にさせ、元気にさせ、明るくさせるんです。
感動させてくれる人には命懸けでついていく
先ほども言いましたが、私が帰る頃はいつも深夜。ところが松下さんは、どんなに遅くなっても、私を出口まで見送ってくれるのです。その出口まで並んで歩きながら、こんなことを言われたこともあります。
「わしは130歳まで生きるつもりや。それでな、いま、何をやるか、色々と考えている。あれもやりたい、これもやりたいと思うことばかりや。けどね、どれもキミに手伝ってもらわんと、出来へんことばかりや。キミ、身体を大事にしてな、ワシより早よ逝ったらあかんよ」

しんと静まり返った松下さんの部屋を歩きながら、このようにポツリと言われると、一日の疲れなど、あっという間に消え去り、「よし!この人のために頑張ろう。明日も頑張ろう」という気持ちになったものです。誰でもそうだと思いますが、心から「感動」させてくれる人には、どこまでも命懸けでついていこうと思うものだと思います。