躍動、もしくは動く視線

最初の場所では・・・その2

動く視線を作品に取り込み、鑑賞者に躍動を「共有」させる

ここで、私はヴラマンクの「ユニークな経歴」を思い出した。17歳の時から5年間、彼は自転車レースの花形選手だった。身長180センチ、体重80キロ。恵まれた体格で何度も大会で優勝し、賞金を稼ぎまわったという、その経歴だ。(その後、腸チフスで体調を崩し、回復後すぐに軍に入隊して、自転車選手としてのキャリアは終わる)

経験のある人ならわかるだろうが、自転車を猛スピードで走らせるとき、ライダーは道のわずかな起伏や傾斜を敏感に感じる。もしかすると、描かれたこの「道」は、自転車で疾走するときの実感を盛り込んだものではないか!

そういえば、道の両側の、草か低木か判別のつかない濃い緑色の塊は、一種すさまじいタッチで、画面奥に向かって流れ込むように描かれている。
絵の中に、画家自身が入りこみ、道のデコボコを感じながら、左右に流れていく風景を見ているのだ。その実感が伝わってくる。

もちろん、ゴッホにもこうした描き方の先蹤は見られるが、ヴラマンクのそれは激越で破天荒だ。(ヴラマンクは独学で絵を学び、正規の美術教育を受けたことはない)
こうした描法は、おそらく、西洋の画家にとって「禁じ手」だったはずである。

西洋美術史において、絵画とは、異次元に向かって「開かれた窓」だ。
そこに広がる風景の現実性・真実性を保証するために、画家たちは不動の「視点」を厳密に設定した。それが「遠近法」である。

当然のことながらその視点は「絵の前」に設定される。
19世紀の演劇を「額縁舞台」と呼ぶのだが、観客と舞台の間には「透明な壁」がある。観客が舞台に上がることは決してないのと同様、画家の眼が、風景の中に乗り込んでいくことなど、あってはならなかったのだ。

「ヴラマンクはゴッホに傾倒し、主観的な色彩表現で、フォーヴィスムを創始した」。それが一般の美術史の教えるところである。

しかし、それより「遠近法の視点の緊縛」を断ち切り、絵の中に自身が自転車で乗りだし、絵の中から「透明な壁」を突き破って絵の中へ鑑賞者を引きずり込んで、ともに視点を運動させようとする、そうした絵画を生み出したところに「革命児」ヴラマンクの真の価値があるのではないか。
そんな、大げさに言えば「悟達」を私にもたらしてくれたのが、鎌倉でみた一枚の絵だったのだ。

もちろん、ヴラマンクの前には「エクスの隠者」ポール・セザンヌがいる。
「リンゴとオレンジ」をはじめとする「静物画」に、セザンヌはこの「視点」にまつわる「絵画革命」の起爆剤をいくつも仕掛けていたのだ。
西洋人もまた我々と同じく、優れて自身の文化の「馴化」の渦中に生きているという「証左」に私には思えるのだ。
連載第三回はコチラ

◇山下 茂(やました しげる)
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
1961年広島県生まれ。東京大学文学部国文科卒。1984年NHK入局。情報番組・経済番組などのディレクターを経て、美術番組のプロデューサーに。現在、NHKエンタープライズで、美術・歴史番組の制作に当たっている。

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