「強酸」と「強アルカリ」を達成している孫正義
もう一つのポイントとして「酸とアルカリ」「能力と徳」というのは、バランスだけではありません。小さい能力と小さい徳で、バランスのとれた会社や人物もいますが、それは、やはり「小さな会社」であり「小さな人間」でしかないのです。
もっと成長して大きな会社、もっと大きな人物になるには、今よりもさらに「多くの能力」を積み上げなくてはならないですし、能力を積み上げたら「見合うだけの大きな徳」も積み上げなくてはならないということです。そうすることによって、会社のバランスシートや人物のバランスシートが大きくなって、会社としても人物としても、より「大きな存在」になっていくと思います。
私のボスの孫正義。この人の「能力」は、底知れないところがあります。
ただ、この人物「能力」だけでなく、人を取り込むといいますか、人としての魅力があるといいますか「酸」と「アルカリ」の両方を、とてつもなく「たくさん、大きく持っている人物だなぁ」そんな風に私は孫正義を見ています。
頭の良さ、回転の速さ、目の付け所、こうした点については、だれも孫正義のことを否定する人はいないと思います。
しかし「徳」の部分というのは、あまり世の中には出ていないと思います。
孫正義はあるカンファレンスで、12歳くらいの黒人の女の子の笑顔のスライドをみんなに見せながら「私は、IT革命で人々を幸せにするということをやってきています。この少女の笑顔が、地球の裏側にあって、その笑顔の理由が、私がやったITによって起こったとして、しかしながら、この少女がそのIT革命を、孫正義がやったということを知らなくても良い。とにかく、この笑顔のために私はIT革命をしているんです」と、自分がプレゼンしながら涙ぐんだことがあります。
口の悪いジャーナリストはその話を聞いて「自分に酔ってるんじゃあないの」とバカにしていましたが、現場にいた私は、その時に孫正義の「懐の深さ」という「徳」の積み上げを感じていました。
孫正義が、この少女が、誰がやったか、何をやったか、いや、やったことすら知らなくて良いという考え方を言ったこと。これは、仏教でいう「三忘」に近い「徳」です。
「三忘」というのは、他人に「何を」施したか「誰に」施したか、いや「施したこと」すら忘れるという教えです。
何かをしてもらった人が、やってくれた人から「俺があなたに、こんなことを施してあげた」なんて言われたら、「ふん、やってくれなくてよかったのに」とか思うこともあるでしょう。つまり、せっかくの「施し」も「徳」にならず「お節介」にしかならない可能性がある。
そんなことを仏教とは縁遠い、孫正義から聞いたことがとても驚きでしたが、それがまさに「酸」と「アルカリ」、それもおおきな大きなポートフォリオとしてのバランスシートを持っている人物とは、こんな感じなのかなと思った瞬間なのでした。
◇谷口 健太郎(たにぐち けんたろう)
ディーコープ株式会社(DeeCorp Limited)代表取締役社長。早稲田大学大学院理工学部工業経営学科卒。1987年、日商岩井(現、双日株式会社)へ入社。営業としてトルコなどに赴任しプロジェクトを多数手掛ける。2000年、ソフトバンクに転職。2002年、執行役員として同グループ会社のディーコープ株式会社へ転籍。2006年10月、同社代表取締役に就任。2012年6月に代表取締役を退任するが、2014年4月に株主の要請もあり再度代表取締役に就任。